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株式会社 サタケ 運輸・小売・卸売

新生サタケへの歩み。
インテリア業界の変革、目指すはエンドユーザーへ

株式会社 サタケ:会社情報

株式会社 サタケ 昭和30年(1955年)創業。
インテリアの総合商社として、東京本社を初めとした関東全域に8つの営業拠点を展開。
建設会社や工務店・内装工事業社が請けた依頼を元に、設計段階で組み込まれる壁紙・床材・窓廻り・住設などの内装材全般の卸売をメインとした事業を行なっている。

株式会社 サタケ


株式会社 サタケ 昭和30年(1955年)創業

サタケは、インテリアの総合商社として、東京本社を初めとした関東全域に8つの営業拠点を展開。
建設会社や工務店・内装工事業社が請けた依頼を元に、設計段階で組み込まれる壁紙・床材・窓廻り・住設などの内装材全般の卸売をメインとした事業を行なっている。

元々は別の内装卸店に勤めていた、創業社長である佐竹信考氏。
第二次世界大戦終戦から程なくして、現在のサタケの前身となる、佐竹商店を設立した。

当時日本国内の内装は、障子や襖などを用いた日本家屋が主流だった。
そんな中、佐竹信考氏が真っ先に目をつけたのは、まだ国内では普及されていない壁紙という、未知の商材であった。
しかし、海外から入ってきたばかりの壁紙。当時、日本国内では全く新しい資材だった為、施工するための糊や工具が存在しなかった。
生活は便利になり物が溢れている今の時代とは違い、近所で助け合いながら、生活がより豊かになる物を産み出す時代。
佐竹信孝氏は、あらゆる業者に掛け合いながら転用できる工法を模索し、糊・工具メーカーへ情報提供する事で専用糊や工具の開発を行なった。
そんな佐竹信考氏の狙いは功を奏し、サタケは壁紙の国内販売の先駆者になることに成功したのだ。

時勢に鑑みた進化を続けてきたサタケ。
壁紙だけではなく、床材・建具・水廻り・設備等の取り扱い商品も増え、内装の総合商社としての地位を確固なものにした。
また、近年ではエンドユーザー向けの商品も自社で開発しており、多様化するお客様のニーズに対応出来るよう取り組みを行っている。


苦境から好機へ


「開拓世代は創業期から懸命にお客様や仕入先を増やし、自らサタケを創ってきた。しかし近年は、確立されたルートや供給の安定化により自発的に考え動くことをせず、受け身体質の会社へとなりつつある。」
そう感じていた時に、コロナウィルスの流行によって、自社が抱えていた課題を改めて検証し可視化することで、上層部や内勤業務の人間と共通認識をする事が出来たと、佐竹専務は語る。

同じ施工店から発注を受け、納品するといったルート営業が基本の流れということもあり、創業時のような提案型の営業や、顧客開拓への意識が必然的に薄くなってしまっていたのだ。
また、突如コロナ禍となり停滞する市場と、更に激化する同業社との競争が予想出来る中、このままの体制では通用しないと、危機感を強く感じたという。

コロナ禍で浮き彫りになった課題を、サタケの進化における絶好のチャンスだと捉えた佐竹専務。
「経済活動を抑えられた状態で業績が悪化する事は、誰でも容易に解る事であり、逃げ道に使われる事は目に見えている。結果ではなく先ずはプロセスを重視し、可視化と追求を繰り返す事で受け身体質の改善を行なっていく。」

まず実施したのは、各営業所に商品・エントリー数・期間設定などの裁量を持たせた月次のセール企画だった。週毎に進捗を確認させることで、ニーズの把握と営業所の計画性を追求した。
また日報を活用したPDCA循環を徹底して行うことで、ただ待つだけの受け身体質からの転換を図った。
同時に各営業所の実績や進捗を全社的に開示することによって、結果に対しての意識改革も推進していった。

佐竹専務の思惑は功を奏し、セール開始から半年を過ぎた頃には、開始当初より5倍もの単月売上を獲得できるまでに至った。
PDCA循環が基本概念として根付き始め足並みが揃った事も、コロナウィルスの影響によって一度減少傾向にあった売上を、予想以上に好転させる事が出来た要因の1つだ。

サタケの進化において、間違いなく伸び代はあると、確かな手応えを感じ始めていた。

しかし、体質改善を推し進める上で見えてきたのは、新たな課題であった。
「組織マネジメントや研修による人材育成と、評価に応じた給与制度。これを内製で整えることに限界を感じていた。」と佐竹専務は語る。

FBマネジメントとの契約


FBマネジメントを知ったきっかけは、金融機関からの紹介であった。
業績は回復傾向ではあったが、組織マネジメントや人事評価などの不得意分野については、そこを補完していくための外部パートナーが必要であると感じていた佐竹専務。

「FBマネジメントがサタケと強固な信頼関係を築き、共に戦っていけるのかどうか。信頼に値するかどうか。」
それを見定めるべく、佐竹専務自ら、数回に渡りFBマネジメント担当と対談し、本社に足を運び社長との面会まで求めた。

パートナーとしてタッグを組む上で、佐竹専務が重視していたのは2点。
今の時代に必要な勝つ為の仕組み作りを、自社の状況に合せて提案をしてくれるのか、また、反対意見に対して広く深く精査し説得する力強さがあるのかということだった。

FBマネジメントを多方面から見聞きする中で、社外No.2としての取り組みや、オーナー様に伴走する姿勢を感じることが出来た佐竹専務。信用は確固たるものへと変わり、今回契約を結ぶに至ったという。

「サタケはお客様に助けられてここまできた。お客様の商売がより発展するよう、サタケは進化しなければならない。そのためには、サタケがより一丸となり、意識を向上させていく必要がある。」
そんな佐竹専務の強い思いを実現するべく、FBマネジメントはサタケに伴走を始めた。


環境・意識・行動 サタケに起きた3つの変化


組織マネジメントを行う上で先ず着手したのは、社員の数字への意識改革であった。
全ての社員が自分事として業務に取り組み、自身らが新しいサタケを創っていくための一歩として、FBマネジメントを加えた、新規開拓営業会議がスタートしたのだ。

課題であった新規顧客開拓において、結果を出しているサタケの社員を分析し、高いランクの新規顧客を意識した「新規開拓マニュアル」を作成、売り上げを確保する上での仕組み化を進めていった。
また、一般的な指標から財務状況をより健全化する為の売上の開示、それに伴った評価・報酬制度と給与テーブルの設計・説明の実施も行なった。

業績が安定していたからこそ、業界の常識から抜け出せなかったサタケ。
しかし、外部であるFBマネジメントが会議に加わることで、社員が気づいていなかった見地からの指摘や、改善案が表面化され、内部での甘えは通用しなくなった。

また、FBマネジメントに蓄積していた、新規顧客開拓のノウハウとアクションを取り入れることによって、拠点毎にバラつきがあった業績にも変化が現れた。
主体的に行動し「サタケを進化させていこう」と声を上げて牽引する者が増え始めたのだ。

「FBマネジメントが入ったことで、今まで与えられなかった大きなプレッシャーに、良い意味で社員は晒されることになった。社長含め、ベテランの社員に戸惑いは見られるが、サタケが変わる事には賛同してくれている。まだ始まったばかりではあるが、高い方に基準を合わせ正当に評価される仕組みを作ることで、努力した人間が働きやすい環境にしていかなければならない。」
先人たちが築き上げてきたサタケを今一度踏襲し、次世代に繋ぐ為に強固なものへ進化させていきたいと、佐竹専務は語る。

目指すは業界を越えたブランド価値の向上へ


数字への意識改革が行われたことによって、評価制度改革のフェーズへと移行したサタケ。
社員の評価が属人的なものに左右されることなく、働きと成果に直結するような仕組み創りを推進していく。

「今後は実現可能な夢のある年商目標の開示も行なっていき、その夢の実現の為に社員が自身の仕事に対して、手触り感を得られるようしていきたい。そして、そんなサタケに入ったことを誇りに思えるようになってほしい。」と、佐竹専務は心の内を見せた。

また、創業来メインとして事業展開してきたBtoB向けの商売だけではなく、一般のお客様の目にも触れていくように、商品の棲み分けをしながら今後更に、既存EC事業も強化していく意向を固めた。

「業界の中だけではなく、社会的認知度が今後は必要になる。一般のお客様にもサタケを知ってほしい。そのためには、業界の外にも手を広げ、サタケを常にカスタマイズしていかなければならない。」
現在エンドユーザーに向けて販売している、壁紙の上から貼って剥がせるインクジェット壁紙「HalCos」に加え、更なるオリジナル商品開発も、今まで以上に積極的に行なっていく方針だ。

「弊社のようなファミリービジネスは、それ故の、“強み”と“弱み”があると考えている。FBマネジメントと連携することによって、自分たちだけでは遅く弱い「“弱み”の克服」を短期間で強いものにしたい。サタケはまだまだ成長出来る潜在的な需要があると考えているので、弊社にない知見からの支援を期待している。」と佐竹専務は語った。

【ご紹介企業様】
会社名: 株式会社 サタケ
代表者: 代表取締役社長 佐竹信敬
所在地:〒101-0021 東京都千代田区外神田3丁目7番5号
ホームページはこちら
実施後の成果
  • 新規営業で口座開設が実現
  • 店長とメンバーのマネジメントに変化
  • 評価制度については、11月に完成予定積

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